4.26.2012

薬草の庭と茶花の庭

スギナが庭の至る所にはびこっています。
あまりに綺麗に一面に生え揃っているので、まるでこの場所でスギナを栽培しているかの様に見えるらしいです。
スギナの群生地

スギナってとっても生育旺盛で、根も長いものだと80cm~1mほどもあるんですよ。
無理やり引っこ抜こうとしても、途中で切れちゃうし、除草は難しいので放っておいたところ、気がついたらこの場所はほぼスギナだけの場所になってしまいました。ここまで生えそろうと見事なもので、この場所をスギナの薬草園と勝手に命名しました。
スギナのアップ
お抹茶のような綺麗な緑色です。

ところで、このスギナ。我が家では薬草として採取もしています。
ミネラルを多く含み様々な薬効があると聞いてからは、とりあえすは収穫して乾燥して、お茶にしたり、薬草酒にしたり、ローションにしたり。

収穫中のスギナ

雑草として邪魔もの扱いすればゴミとしてみてしまうけれど、薬草と思えばお宝がザックザック。
考えたら手入れをせずとも薬草が生えてくるって、有難い事なのかも。

そしてこちらはドクダミです。4月になって葉が見え始めました。
ドクダミは江戸時代に貝原益軒が著した「大和本草」に、
「わが国の馬医これを馬に用いると、十種の薬の効果があるので、十薬という」
と書かれているほどいろんな効能があるそうです。
それを知っているからか、家人がお茶にして飲むのを楽しみにしているので、もう少し大きくなったら収穫しようと思っています。ただ収穫する時のドクダミのニオイには毎回慣れないものです。

「薬草園」などと書くと、なにやらカッコイイ感じがしますが、我が家の庭の場合、つまりは「雑草と付き合っていく庭」の事なのです。庭を造り出した最初の頃はハーブをあれもこれもとたくさん植えて楽しんでいましたが、廃れる植物や、はびこる植物があり、この土地に適したものは益々居住区域を拡げているようです。
アップルミント、オレガノ、セルフヒール、セント・ジョーンズワート、ハニーサックル(スイカズラ)、サボンソウ、木苺などはどんどん増えていきました。
これらの植物は縄張り争いをするので、喧嘩しないように時々見張っています。
雑草と薬草・・・言い方を変えると、有り難く感じるものです。

最近購入したお気に入りの本です。
茶花こよみ
中川邦昭 著・文化出版局
ISBN4-579-20836-6

最近嗜好が少しずつ変わってきているのを感じます。
以前は苦手だった和菓子が美味しいと思うようになったり、お抹茶が急に飲みたくなったり。。。
家のインテリアも和風を好むようになったり(POPでキュートなものも相変わらず好きですが・・・)
「和」がしっくりとくるといいますか、落ち着くといいますか。。。

庭に咲いている季節の花々をチョンって切って、さっと花入れに入れて季節を味わいたいなぁ・・と思うようになっているのです。
「活ける」という形式ばったものじゃなく、さり気なく庭や野に咲いているように「入れる」といった感じにしたくて、出会った本がこの本でした。
この中川さんは、京都でカメラマンとして茶の湯の家元で茶事や行事の写真を撮っているうちに、茶花に魅せられていったそうです。「利休七則」は伝えています。「花は野にあるよう」にと。(本の裏帯より)

さりげなく花を入れたくて、参考にさせていただいています。
本の構成も茶花の本らしい品があり、花々を眺めているだけでもホッとします。
茶室はありませんが、花を愛でながら、美味しい和菓子を頂き、盆略点前でお抹茶をいただきながら、季節の花々を眺めたいなぁ・・・と。
日本人のDNAが今頃になって表に出始めたのでしょうかね?
庭で咲き出した蔓日日草とスノーフレーク
いろいろな茶花の入れ方を見て見習いたいと思っています。

4.23.2012

Den.thyrsiflorum(デンドロビウム・シルシフロラム)

デンドロビウムのシルシフロラムが咲きました。



洋蘭はたくさん種類があるのですが、その中でも好きなのがデンドロビウムです。
引越しなどで年々所持していた鉢も減ってきて、デンドロは最近はこのシルシフロラム(Den.thyrsiflorum)と、アグレガタム(Den.aggregatum )のみ、あとカトレアの鉢が少々になりました。
このデンドロの親株が2002年4月に咲いた時には、一房から51個の花が咲いて、まるで提灯のように美しかったものでした。
2002年4月のシルシフロラム
(2つの花房がどちらも大きかった)

今回咲いたのはその子株のほうで、今年始めて咲きました、花房は小さめですが、それでも花芽を見つけた時は嬉しくて、毎日膨らんでくる様を観察するのが楽しみでした。
花一鉢から楽しみをいっぱい分けてもらえました。

4.18.2012

菫の花咲く頃

4月中旬になると、家の周りの路地のあちこちから野生の菫(スミレ)の花が咲き出します。

毎年どんどん居住区域を拡げています。
持っている雑草の本「日本の野草・雑草(成美堂出版・ISBN4-415-01009-1)」で以前気になって調べたところ、「※スミレ属の種子には、アリの好む物質・エライオソームがあり、これ目当てに蟻が運び、遠くへ散布される。」と注釈がありました。当時はふ~ん。。。て感じで、それ以上に関心が無かったのですが、最近になってまたこのエライオソームの事が気になり出しました。

ウィキペディアによりますと、スミレやカタクリの種子に含まれる脂肪酸、アミノ酸、糖からなる化学物質とあって、種子を巣に持ち帰った蟻はそのエライオソームのみを食べ、残った種子は巣の近くに捨てるとか。。。
蟻と植物がお互いを助けあって生きているんだなぁ。。。
エライオソームって肉眼で見えるのかな?
今後種子が出来たらじっくりと観察してみようっと。

路地の菫が咲き出すと、玄関先の菫も同じように咲き出します。
野生の菫の種がこぼれたのか、蟻によって運ばれたのか...勝手に前庭にもテリトリーを拡げだしたものと、数年前に花屋さんで購入したニオイスミレとが揃って咲き出し、こちらもなかなか可愛いです。
ニオイスミレ
このニオイスミレの薫りが大好きです。
「菫の薫り」というと、このニオイスミレを思い出します。
お土産に戴いた菫のキャンディーや、背伸びして飲んでみたヴァイオレットフィズの甘い香り、スミレの香水。。。あぁぁ、菫の薫りは若い頃の思い出の薫りです。
そいういえば、「菫」と「薫り」って漢字が似ていますね。
「菫」はもともと花の形が「墨入れ」に似ていたからだとか???何かで読んだような。。。

ニオイスミレの薫りはとても好きなのですが、種子や根茎に有毒な成分があるらしいです。
種子を蟻に運ばせる為にエライオソームをつくったり、種属を繁栄させる為に種子や根に有毒成分をつくり食べられないようにする。。。植物ってすごいなぁ。。。
この時期になると毎年、菫の花を見ながら、菫のあんな事、こんな事に思いを馳せる日が数日あるのです。
今年もツマグロヒョウモンチョウがやってくるのかなぁ。。。今からちょっとドキドキしています。

その他の植物
 ギボウシが出てきました。
ピンと立って凛としてみえます。

ジャノメエリカが満開です。

白花の沈丁花も良い香りを漂わせています。

 ユキヤナギ。
昨年剪定したので、今年は花枝が短いです。

 サボン草もあちらこちらから出てきました。
いつかこの植物で羊毛を洗ってみたいものです。

 猩々袴も花が終わって新芽が伸びてきました。
新緑と紅色の葉が美しいです。

 スズメノヤリ
最近庭のあちこちに出現している雑草。
イグサの仲間だそうですよ。

4.09.2012

植物の気と気功と丹光の関係

気功と関わりを持つようになって10ヶ月くらい経ちました。
本格的に気功教室に通うようになって半年。
最近では「三円式站とう法(さんえんしきたんとうほう)」で、気のボールの感覚を感じるようになりました。
先日武闘家の方からも、この「三円式站とう法」を武術式で教えて頂く機会に恵まれました。
肩の力を極限まで抜いて、作った円の中に気を意識する。
何度かやっているうちに、この方法はとても気持ちがリラックスしているせいか、余分な力が全て抜け、気のボールが早く作れるように感じます。
腕には全く力が入っていないのに、腕がブレないのです。
力だけに頼って形を作った場合だと、相手にやられてしまうのでしょう。
私は武術は全く行いませんが、強い精神と肉体とを作るには、しなやかで柔らかいのに折れない「強い気」を養う事が大切なんだなぁと、感じることができました。
最近は中脈に気を流す方法と、天地人気功も行なっています。
お陰様で気の流れが良くなって、体調も心も穏やかに過ごすことができていると思います。

「気」といえば、以前キッチンのシクラメンと気の交換を行っていたら、シクラメンが一年中花を咲かせるようになったという事を書きましたが、あれからずっとシクラメンからも「良い気」を分けて貰っているのです。
シクラメンはもともと「気」を強く発する植物で(と私は感じています)、気分が落ち込んだりして家事を行うのもおっくうになっている時など、キッチンに飾っておくと、シクラメンから元気を分けて貰えるのです。
我が家の場合もキッチンにシクラメンを飾っているお陰だと思うのですが、ふと気づくと、最近料理を楽しみながら出来るようになったなと感じているのです。
シクラメンのお陰だったんだなぁ。。と感謝感謝です。
植物から気を分けて貰ったら、お礼にこちらからも良い気を送るようにすると、植物も人間も良い気に包まれ、相乗効果で更にその場所に良い気が発生するみたいです。

柔らかい気に包まれていると、その時見える丹光のヴィジョンも穏やかなんです。
最近時々現れるのは、麒麟のヴィジョンです。優雅に空をかけています。
麒麟のヴィジョンが何を意味しているのかは解りませんが、麒麟が見えると何かキラキラと輝く小さな星のような光に包まれているのを感じる時があります。時には目を開けていてもその光りがまるでスターダストのように見える時があります。
その光が見える時(勿論見えなくても)、両手を顔の横から更に上の当たりに持ってきて、労宮(ろうきゅう---手の平の真ん中です)を上に向けて意識を手の平に集中すると・・・・・気のボール(元気玉)ができます!
そう、まさにあのドラゴンボールの元気玉と同じなんです!
きっと「天の気」が麒麟というイメージで現れているのだと思うのです。
その元気玉を植物に送って植物からも良い気を頂く・・・を最近行なっています。
この方法、もし興味がございましたら、試してみて下さい。
最初は気を感じれなくても、そこに気のボールがある・・とイメージして、植物に手の平をかざし、良い気をたくさん植物にあげて下さい。植物からも良い気をいっぱい貰えると思います。

さてさて、庭の植物はといいますと・・・
例年よりも肌寒い日が多いような4月。それでも春の花々はちゃんと咲いてくれました。

毎年咲いてくれるヒアシンス。

上のヒアシンスは10年くらい?の間、毎年花を見せてくれます。
ヒアシンスが咲くと、今年も咲いてくれたんだ!と嬉しくなります。

紅梅
我が家の紅梅は、玄関先の庭で一番最初に咲いてくれる花です。
この花が咲くと、沈丁花も咲き出し、続いて雪柳が蕾を見せ始めます。

スイートマルベリーの芽
裏庭のスイートマルベリー(西洋桑)は、毎年6月にビッシリと果実を着けてくれます。
昨年ご近所の庭師さんが、収穫しやすいようにと、丁寧に剪定をして下さいました。
今年も収穫を楽しみにしているのです。

庭の野草達
一番元気なのは、なんといっても野草です。空きスペースから顔を出し、雑草と言われようが邪魔者と言われようが、ものすごい生命力です。スギナ、ヒメオドリコソウ、オオイヌノフグリが密生して共演しています。
自然の色はなんて美しいのでしょう!
雑草と呼ばれているモノたちからも、ものすごく強い気を感じることがあります。

今朝、やっとジャガイモの植え付けを行いました。
下手な畝を作りました(笑)
左の畝と真ん中の畝は、手前側で繋がっていて、コの字になっています(汗)
菜園での作業をしていると、モリモリと元気が出てきます。
大地からも「気」をいっぱい頂いていますよ。

4.06.2012

「土を喰う日々」「精進百撰」

最近読んだ本2冊。
水上勉氏の「土を喰う日々」と、「精進百撰」。
(左)土を喰う日々:新潮文庫:ISBN978-4-10-114115-2
(右)精進百撰::岩波現代文庫:ISBN4-00-602025-2

なんでしょう?この清々しさは!
以前取り上げた梨木香歩さんの「家守綺譚」の時も同じような読後感でした。
水上勉氏のこの2冊は、精進料理の本だからか、なんとも言えない「潔さ」を感じる本でした。
私はこういう風な料理を好むんだなぁ。。。と思いました。
随分前ですが「ヨーガンレールの社員食堂」の本を読んだ時にも感じたのですが、ヨーガンレールさんや、家守綺譚の主人公の綿貫征四郎、そして今回の水上勉氏、この方々の凛とした生き様や暮らしぶりが、そのまま料理に現れていて、私が見習いたいと思っているスタイルがこれらの方々の中にあるのです。

「土を喰う日々」は、70歳を過ぎた晩年に心筋梗塞を患い、心臓の三分のニが壊死した水上氏が信州の里山に生活をうつし、畑でとれた野菜や山菜で精進料理を作って暮らしていた時の四季の記録です。
「精進百撰」のほうは、その精進料理のレシピ集を兼ねたエッセイのようになっています。
水上氏は9歳で京都のお寺へ入り、その後16~19歳まで隠侍をされていた時に精進料理を学んだそうで、その時の事も語られています。

本の中に出てくる料理のシンプルな味付けと、野菜やモノを大切に扱う心が、読んでいて気持ちが引き締まるように清々しくて、あぁ、私もこんな風に食物やモノを扱っていきたいと思ったのです。
物を大切にする気持ちは、自分なりに有ると思っていましたが、水上氏のこれらの本を読むと、ここまではとてもとても・・・。水上氏がこれほどまでに徹底した食事を行ったのも、残った心臓に負担をかけないようにし、旬に沿った暮らしを行い、与えられた残りの人生を全うして生きていこう!と決意されたからです。そこには厳しい自然の中に在りながら、四季折々の暮らしを楽しんでいらっしゃる様子が伺えました。

「土を喰う」について、水上氏が本の中で、
----何もない台所から絞り出すことが精進だといったが、これは、つまり、いまのように、店頭へゆけば、何もかもが揃う時代とちがって、畑と相談してからきめられるものだった。ぼくが、精進料理とは、土を喰うものだと思ったのは、そのせいである。旬を喰うことはつまり土を喰うことだろう。土にいま出ている菜だということで精進は生々してくる。----
と書かれています。
また、「精進百撰」では、「土を喰う日々」を婦人雑誌に載せていらした時のエピソードも書かれていました。
----印刷の事情もあって、編集者は三ヶ月早くに畑と相談もせずに旬を予測して特集号を組んでいた。そのため五月の筍は五月にたべるのが旬だけれど、三月にスーパーで買って間に合わせたのであった。したがって嘘になる。これが気に入らなかった。----
水上氏はその後、編集部と交渉して、自分で収穫した旬の物を調理し、撮影したものを2年分蓄えてから、その旬に合わせて雑誌に載せたそうです。

たしかに今は日本中、世界中の食物がスーパーで買うことが出来るようになりました。
旬もそれぞれの各地で違っていて、一年中いろいろな野菜や果物が揃っています。
自分の住む地域の野菜や果物の旬がいつなのか、判らなくなるときもあります。
実際に畑を持ち、自分で旬の野菜を収穫出来るのは、とても贅沢な事なんだなぁと感じました。

それでも日本は四季がある国。
日本に住んでいると、その季節季節の食べ物が出まわるのを待ちわびている気持ちは、それぞれに多少あると思うのです。
水上氏の掲載レシピを読者が読む頃には、その文章や写真から旬を感じ、読者の食卓にも旬の食材で作った献立が上がっていたと思うのです。
畑があっても無くても、それぞれの旬を楽しめたらいいなぁ・・そう思いました。

ところで、私は今のところ「完全菜食」ではないので、肉も魚も献立に載せます。
畑で採れたお野菜をどのように料理しようかとまず考え、それに少しのお肉かお魚、少しの豆腐、少しのお米などが献立に加わります。

その畑なのですが、冬中献立作りに一役かっていた大根に蕾が見えるようになってきました。
太い大根から収穫していったので、最近は細いものや小さなものばかりになっています。
今朝収穫して、洗って処理中の大根
だんだんと小く歪なものばかりになっています。

大根の葉
農薬を全くやらなくても、虫食いも無く、とても綺麗な大根葉を何ヶ月も食べることができました。
今日は、大根菜は炒め煮にして、大根はふろふき大根にしようと思います。

私の畑の場合、たくさんの種類の野菜が有るわけではありません。
今だったら、まだ残っている大根、ブロッコリー、キャベツが少々。。。。
精進料理とまではいきませんが、水上氏の「畑と相談して・・・」をちょっとだけ共有出来て、なんとなくほっこりとした気分と、収穫できる有り難さが感じれる本でした。

※庭、及び畑に関するPOSTは今まで、Fuji's flower gardenに載せていましたが、サーバーの都合により5月にホームページが終了するのに合せ、今後はこのブログに載せていくことに致します。